わたしは、海賊盤を買わないようにしています。これは、倫理や法律の問題よりも、自制のためです。
キリがないし、当たり外れも大きい。そこまで手を回すと、首が回らなくなってしまう。
そんなわたしが、つかんでしまった数少ない海賊盤のひとつが、"LAS VEGAS
FANDANGO"(Archives Recordings ARC 002)。
事故で下半身不随になってしまったロバート・ワイアットのカムバックコンサートを収めたものです。
これをつかんでしまったのには、理由があります。
見かけたのが、れっきとした正規盤のみを扱うヴァージン・メガストアだったこと。
そして、ヴァージン・レコードから発売された2枚組のベスト盤に、このコンサートの録音から1曲入っていたこと。
ひょっとしたら、ベスト盤収録のものと同等のクォリティの録音が聞けるかもしれない、と期待してしまったのです(確信犯なんやけど)。
結果は当然の報いと言うべきか、海賊盤以外の何者でもない粗悪な録音でありました。
楽曲使用料を払えば、録音については問わないイタリアの法律を利用した、いわゆるハーフ・オフィシャル盤です。
このタイトルは、ワイアット関係の海賊盤としては有名らしいけど、そっちの世界には疎く、知りませんでした。
ワイアットの当時の状況を振りかえってみます。
前年6月の転落事故から復帰し、1974年2月からソロアルバムの制作に入ります。
4月〜6月には、ハット・フィールド・アンド・ザ・ノース、ケヴィン・エアーズといった旧友たちのライヴに参加しています。
7月にアルバム "ROCK BOTTOM"発売。つづいて、モンキーズのヒット曲をカバーしたシングル
"I'm A Believer"を9月に発売。
そんな復帰後の活動のメインイベントが、9月8日のコンサートでした。
このコンサートの2日後、9月10日には、BBCのラジオ番組のための録音を行っており、それは、のちにEPとして発売されています。
リチャード・ブランソンの奸計(※1)によって呼び集められたのは、以下の面々。
・ローリー・アラン (drum)
・デイヴ・スチュワート (keyboards)
・ヒュー・ホッパー (bass)
・フレッド・フリス (guitar, violin)
・モンゲジ・フェザ (trumpet)
・ゲイリー・ウィンドー (sax, clarinet)
とくに、ワイアット氏自身が「俺の夢のリズム・セクション」と呼んでいる
ホッパー/アラン/スチュワートが、要になっています。
ゲストというかんじなのが、
・ジュリー・ティペッツ (vocal)
・マイク・オールドフィールド (guitar)
・ニック・メイスン (drums)
そして、オープニングアクトも務めたらしい、
・アイヴァー・カトラー (voice)。
『ロング・ムーブメンツ』には、当日のプログラムに掲載された演奏予定曲しか載っていません。
演奏曲目を、海賊盤をたよりに誌上再録して、今後の正規録音の完全版発掘を祈念したいと思います。
1. Dedicated To You, But You Weren't Listening
フリーなヴォーカル・パフォーマンス。早口。
2. Memories
シングル盤"I'm A Believer"のまずはB面。フレッド・フリスのヴァイオリンをフィーチャー。
3. Sea Song
4. A Last Straw
5. Little Red Riding Hood Hit The Road
この3曲は、アルバムの順番通り。5曲目では、モンゲジ・フェザのトランペットが炸裂。
6. Alifie
7. Alifib
アルバムとは、順序が逆になっています。
ゲイリー・ウィンドーのサックスをフィーチャーした " Alifie" では、朗読のようなヴォーカルパートはなし。
そのまま、即興演奏をはさんで、"Alfib" につなげます。[2005.12.04.訂正]
8. God Song
ジュリー・ティペッツが登場し、マッチング・モウルの曲を歌います。
デイヴ・スチュワートのキーボードソロが、カンタベリーらしさを醸し出しています。
9. Behind The Eyes (For A Friend, R)
ジュリー・ティペッツがワイアットに捧げた曲。ワイアット風の歌い方をしています。
のちに、ジュリー・ティペッツのアルバム "SUNSET GLOW"(1975年) に収められます。
"SUNSET GLOW" は、最近CD化されたものを聞くことができました。
この曲以外でも、管楽器の即興演奏を思わせるようなヴォーカル・パフォーマンスが、マッチング・モウルを連想させます。
10. (unidentified)
ワイアットとジュリー・ティペッツのスキャット、フェザのトランペット、ウィンドーのサックスの即興的なかけあい。
11. Instant Pussy
これも即興的なヴォーカルを聞かせる曲。
ワイアットとジュリー・ティペッツにもう一人、テナーヴォイスが絡んでくるのだけど、一体、誰だ?
12. Signed Curtain
ピアノだけだったオリジナルバージョンに比べて、バンド演奏によるきらきらしたバージョンになっています。
これが、なんというか、かなりの感動もの。
リードギターは、マイク・オールドフィールド。
スチュワートのエレピとホッパーのベースのコンビネーションが紡ぐ細かいニュアンスもええかんじです。
13. Calyx
ハットフィールド・アンド・ザ・ノースのデビューアルバムに収められている曲。
ワイアットは、まだ入院中の1973年10月に外出して、この曲の録音にスキャットで参加しました。
ここでは、ハットフィールド・アンド・ザ・ノースのコンサートで披露するために新たに付けられた歌詞(※2)を聞くことができます。
この曲のみ、ベスト盤 "GOING BACK A BIT" で登場し、ボックスセット "EP's"
に再録されています(※3)。
14. Little Red Robin Hood Hit The Road
前半はマイク・オールドフィールドのギター、後半はアイヴァー・カトラーの語りをフィーチャーした"ROCK
BOTTOM"の最終曲。
派手に叩きまくっているのは、デイヴ・スチュワートに4/7拍子が叩けていないとチクられたニック・メイスンか?。
15. I'm A Believer
シングル盤のA面。おそらく全員参加による、大盛り上がり大会。
[2005.12.04. 追記]
「ドゥルーリィ・レインでのコンサート」の正式なライヴ盤が、2005年10月に発売されました。
"ROBERT WYATT & FRIENDS IN CONCERT: THEATRE ROYAL DRURY LANE, Sunday
8th September 1974"
UK: Rykodisc/Hannibal HNCD 1507
JPN: Video Arts VACK-1299
1. Introduction by John Peel
2. Dedicated To You But You Weren't Listening
3. Memories
Stewart/Allan/Hopper/Frith
4. Sea Song
5. A Last Straw
Stewart/Allan/Hopper
6. Little Red Riding Hood Hit The Road
Stewart/Allan/Hopper/Feza/Frith
7. Alfie
Stewart/Allan/Hopper/Windo/Oldfield
8. Alfib
Stewart/Allan/Hopper/Oldfield
9. Mind Of A Child
Julie Tippetts
10. Instand Pussy
Stewart/Allan/Hopper/Tippetts/Mason
11. Signed Curtain
Stewart/Mason/Hopper/Oldfield/Allan
12. Calyx
Stewart/Allan/Hopper
13. Little Red Robin Hood Hit The Road
Stewart/Allan/Hopper/Mason/Oldfield/Cutler
14. I'm A Believer
Stewart/Allan/Hopper/Mason/Frith/Oldfield/Tippetts/Windo/Feza
この録音については、"Calyx" が発掘されたときに、いちど驚き、また感謝しています。なので、改めてというのがなんだかやりにくい(照れる)ですが、このときの演奏がきちんとした録音で残されていて、ほんとうによかったと思います。
日本では『ライヴ1974』 (Video Arts VACK-1283) として、2004年9月発売が告知されたものの、本国Rykodiscからの正式告知もなく、延期。あきらめかけていた頃に、再び発売予告がありました。
この間には、当日の司会をつとめたジョン・ピールが亡くなっています。
発売されたCDに掲載されたワイアットさん自身のライナーノートには、出演者でやはり故人のモンゲジ・フェザ、ギャリー・ウィンドーとともに、ジョン・ピールへの追悼が綴られています。
もともと予定されていた編集にもあったかもしれませんが、発売されたCDには冒頭にラジオ番組で聞けたのとは少しちがった雰囲気の語りで観客の爆笑を誘うピール氏の様子が記録されています。
いちど延期された理由はわかりませんが、改めて発売された背景には追悼の意向があったのではと思わせるところがあります。
ジュリー・ティペッツが歌う "God Song"、ワイアットに捧げられた "Behind
The Eyes" の収録は見送られ、代わりに、"Behind The Eyes" と同様、"SUNSET
GLOW" に収められている歌 "Mind Of A Child" が収録されました。ジュリー・ティペッツは、未入手の海賊盤によれば、当日、もう1曲歌っているようです。また、"Instant
Pussy" の前に演奏された即興演奏も割愛されていますが、ワイアット自身のライナーノート(イギリス盤と日本盤では異なる文章が掲載されている)によれば、ティペッツ登場以降の後半は完全なテープが残っていないが、これでコンサートの全貌は伝わると思うとのこと。
日本盤CDには、冒頭のジョン・ピールの司会を含め、曲間の語りが書き起こされ、翻訳されていて、この和やかな空気に包まれたコンサートを味わうのに一役買っています。"I'm
A Believer" はやはりアンコール曲として用意されていたようですが、いちどひっこむことで「きみたちに余計な気遣いをさせる必要はないだろう」(下半身不随のため)と、本編終了後、そのままアンコールに入ったことがすっと伝わりました。
また、海賊盤ではフェイドアウトされていましたが、このCDでは、"I'm A
Believer" の最後にパレード風の曲が付け加えられて、お祭り騒ぎのような楽しい雰囲気で締めくくられるところもしっかり収録されています。最後に付け加えられているのは、スパイク・ジョーンズの
"Der Fuehrer's Face"(2005年12月3日放送のラジオ番組、NHK-FM「ウィークエンド・サンシャイン」でのピーター・バラカン氏の教示による)。ヒトラーをおちょくった曲というところがワイアットさんらしい。
各曲ごとに、参加メンバーが記されています。これも、フェザやウィンドーを始めとする出演メンバーへの感謝のあらわれのように思えます。
これによれば、"Instant Pussy" で絡んでくるテナーヴォイスはニック・メイスンか?(またもクエッチョンマーク付き)。
"ROCK BOTTOM" の広告に登場したユーモラスなコラージュ写真を使ったシンプルなCDパッケージデザインはフィル・スミーによるもの。開くと、この日のコンサート告知ポスターに使われたメンバー全員が車椅子に乗っている写真が掲載されていて、ワイアットさんらしいユーモアを感じます。
【注釈】
(※1)
マイケル・キングの本によれば、ヴァージン社長(当時)のリチャード・ブランソンは、ワイアットとバンドのメンバー両方に嘘をついて、口説いたのだそうです。
バンドのメンバーにはワイアットが君にやってほしいと言っていると伝え、ワイアットには他の連中が是非コンサートをやってほしいと言っていると伝えたのだとか。
でも、なんだか、まだ素朴なかんじがするほほえましいエピソードです。
(※2)
この歌詞は、マイケル・キングの本に掲載されています。1974年5月10日の項を参照。
(※3)
ベスト盤 "GOING BACK A BIT" は、オリジナル盤ではつながっていた曲を無理から離したりして編集がめちゃくちゃな上に、記述にまちがいが多い。
ボックスセット "EP's" は、決定版のふりをしながら、中途半端な気がする。文句を言い出したら、きりがないけど。うーん。
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