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トゥインク「一万語」問題顛末記
The Road to Twink's 10,000 Words
【2000.03.16.】

「"10,000 WORDS IN A CARDBOARD BOX"に別バージョンがあるのなら、聞いてみたいなぁ」

という素朴な欲求から始まった、10年にわたる右往左往。
「百聞は一見に如かず」と申しますが、こと音楽に関する限りは、そうとばかりは言えないようでございます。
推測できる事実の整理はひとまず置いて、この非常に些細な問題をめぐる右往左往に、まずはお付き合いください。
 
1
「一万語」と「ときどき雨」は、タイトルはちがえど、同じ曲らしい
2
“「一万語」の作者”ベネット氏の「ときどき雨」を聴く・・・でも、ほんとに同じ曲?
3
「一万語」がベネット作かどうか、あやしくなる
4
信頼できそうなガイドブックも、同じ曲だというのだけれど
5
真打ちワーツ版「ときどき雨」復刻!なるほど、そうかと思ったのも束の間・・・
6
「一万語」問題、とりあえずの結論
7
参考文献&参考音献&余談



「一万語」と「ときどき雨」は、タイトルはちがえど、同じ曲らしい               

ことの起こりは、1枚のLP "RUBBLE 3: NIGHTMARES IN WONDERLAND" を購入したことにあります。
"RUBBLE" は、60年代末イギリスのサイケ調ポップを集めたオムニバスアルバムのシリーズ。
EMI系の作品を集めた第3集には、ブレインやマーク・ワーツなど聴いてみたかった曲がたくさん入っていました。
アクエリアン・エイジの"10,000 Words In A Cardboard Box"を初めて聴いたのも、このアルバムでです。

アクエリアン・エイジは、トゥモロウのトゥインクとジョン・ウッドが、トゥモロウの解散後に組んだバンドです。
バンドといっても、いま風に言えば、プロジェクト(企画)ユニットだったのかもしれません。
出したレコードは、1968年5月発売のシングル1枚きり。そのA面が、"10,000 Words ....."でした。
プロデュースは、トゥモロウやキース・ウェストの一連のソロを手がけたマーク・ワーツです。

"RUBBLE" シリーズの内袋には、収録バンドについての簡単な紹介と作品目録が掲載されています。
それを読むと、ワーツは、"10,000 Words ....."を、1968年の自身のアルバム "COME BACK & SHAKE ME" で取り上げているらしい。
ただし、タイトルは、"Love & Occasional Rain" となっているのだそうです。
1967年にいくつかの予告編が発表されていた企画 "TEENAGE OPERA"用の曲のひとつとも書いてある。
すると、ワーツ版のほうが「元曲」ということなのだろうか。

「"10,000 WORDS IN A CARDBOARD BOX"に別バージョンがあるのなら、聞いてみたいなぁ」
と思いました。気に入った曲は、元曲や別バージョンも聞いてみたいと思うからです。
でも、マーク・ワーツのアルバムを手に入れるのは大変そうやなぁ。
"COME BACK & SHAKE ME" のジャケットも、同じ内袋に載ってるけど、なんや、パーティー用の企画盤みたいやから。

 "RUBBLE 3"のラベルに印刷された作者の名は、Bennett。
トゥインク/ウッドでも、ワーツでもない。
ベネットという名で思い当たるのは、ブライアン・ベネット、トニー・ペネット、クリフ・ベネットくらいだけど・・・。
何故か、根拠なく、シャドウズのブライアン・ベネットのことだろうと、その時点で思い込んでしまっていた。
 



“「一万語」の作者”ベネット氏の「ときどき雨」を聴く・・・でも、ほんとに同じ曲?   

しばらくして、都合のよいことに、ブライアン・ベネットの2枚のアルバムをカップリングしたCDを見つけた。
"CHANGE OF DIRECTION / The best of THE ILLUSTRATED LONDON NOISE... plus"。
裏を返して、曲目を眺める。ワオッ、入ってる!
何が?って、あれです、 "Love & Occasional Rain"。
作曲者クレジットは、Bennett。「ベネット」は、ブライアン・ベネットで正解だったのだ。
"Love & Occasional Rain"は、"THE ILLUSTRATED LONDON NOISE"というアルバム(1969年)のオープニングらしい。
ドノヴァンやキンクス、ビートルズにグレン・キャンベルなんてカバーのラインナップにも心躍る。
早速、聴いてみました。

・・・・約2分30秒後、疑問符が耳から頭に達し、増殖を始める。
「どこをどういぢったら、これが"10,000 Words ....."になるんじゃい!?」

つづいて流れる「悲しい噂」のお気楽なアレンジのカバーを聞きながら、気持ちを落ち着ける。
そうだ、もう一度、"10,000 Words ....."を聴き直してみよう。

・・・・再び、約3分後、逆流した疑問符が耳からあふれ出してくる。
あらためて聴き直してみても、とても同じ曲には聞こえない。いったい、どういうことなのだ?

こうなったら、マーク・ワーツの "Love & Occasional Rain"を聴いてみなければなるまい。
調べてみると、ベネットの同僚、シャドウズのハンク・マーヴィンも同名の曲を演奏しているという。
そちらも、機会があれば、聴いてみよう。
 



「一万語」がベネット作かどうか、あやしくなる                         

ベネットのCDを聴いて、しばらくしてから、トゥインクのソロアルバム "THINK PINK" の復刻CDを見つけた。
オリジナル盤は、たいそうなプレミア価格が付いている(ものによっては、200ポンド以上)。
知らなかったのですが、このアルバムには、"10,000 Words ....."のセルフカバーが入っているのです。
でも、これはちょっと手を出すのがこわかった。内容ではなく、海賊盤っぽかったので。
木立ちをあしらったジャケット写真は、ピントがぼけぼけ。(オリジナルは、ぼけてません。)
ウラ面のデザイン処理も、なんだか垢抜けない。
オリジナルは、ポリドールからのはずだけど、これはドイツの知らないレーベルからのもの。
本人のレーベルとおぼしき Twink Records からライセンスを受けているので、正式リリースにはちがいないのですが・・・。
結局、見かけたときには手を出さず、その代わり、店頭で、ウラ面を念入りにチェックすることにしました。

ここで、新たな問題が発生。
"THINK PINK"復刻CDのウラ面によれば、"10,000 Words ....."の作者は、トゥインクとジョン・ウッドだというのだ。
ベネットではなくて。
しかし、なんと言っても、あやしいCDである。
ろくに調べずに記載してしまったのかもしれないし、本人が思い違いをしている可能性だってある(注)。
あくまでも、参考意見扱いとする。

(注)後日になりますが、このアルバムに対する本人の思い入れが並並ならぬものであることを知りました。
英國の雑誌「レコード・コレクター」の投書欄に、このアルバムについての3行記事の誤りを指摘したものが出ていたのです。
名前を見ると、エセックスにお住まいのジョン・C・アルダーさん、つまり、なんとトゥインクさんご本人やないですか。
1972年に出た、という記事に対して、次のように訂正しています。

録音したんは、わしがまだプリティ・シングスにおった1969年や。
米國と欧州の一部では、サイアーから、1970年に出とる。
英國のポリドールからかて、1971年には出とるっちゅうねん。
(「レコードコレクター」1998年1月号)
うっ、細かい。思い違いをしてるかも、なんて考えてしまい、失礼しました。伏して、お詫び申し上げます。



信頼できそうなガイドブックも、同じ曲だというのだけれど                  

ここまでの結果を、ひとまず、小規模配布のミニコミで発表するも、当然反響はなく、事態の進展もなし。

月日は流れ、謎の解明が進まないまま、転勤先のあるレコード店で、一冊の資料本を見かけた。
店用の資料だから売れないとの返事でしたが、落胆する私を見かねた店の主人が親切にも取り寄せてくれた。
ヴァーノン・ジョインスン編の60年代ブリティッシュロック名鑑、『タペストリー・オブ・ディライツ』である。
果たして、2800バンドを紹介した600ページもの大著ながら、記述が律儀で好感が持てる素敵な一冊であった。

さて、ここでは、「一万語」問題はどのように記されているだろうか。

「ワーツは、後になって、"Love & Occasional Rain"というタイトルで録音し直している」。

そうか、「後になって」なのか。ふむ、ふむ。これは、新事実やなぁ・・・って、感心してる場合か!
後か先かは、ここに至っては、些細なことである。似てないものは、似ていない。
よって、参考意見扱いとする。
 



真打ちワーツ版「ときどき雨」復刻!なるほど、そうかと思ったのも束の間・・・      

『タペストリー・オブ・ディライツ』を読んで、ひっくり返っているところに、直接関係はないけど、この方面の朗報が届いた。
幻の企画、"TEENAGE OPERA" を再現したCDが出たという。
リリースは、スティーヴ・ハウ、キース・ウェストと、トゥモロウ関係者の歴史的音源を発掘してきたrpmレコードから。
次は、トゥインクのはずだったけど、予定を変更したらしい。
いくつか出た予告編的なシングルや、企画が頓挫したあとでポロポロと出たという流用ものがまとめて聞けるのだ。

"TEENAGE OPERA" は、いくつかの予告編を出しただけで、全貌を表さずに終わったロックオペラ(?)。
予告編第1弾シングルが大ヒットした時点では、2枚組アルバムの構想があり、映画まで計画されていたという。
しかし、第2弾がいまいちだったため、話は尻すぼみに。計画は、幻となったのでした。
その予告編であるキース・ウェストのソロシングルが好きだったので、全貌が気になっていたのです。
ジェット・セットのポール・ベヴォアが、そのあたりを集めて自家製テープを作って楽しんでいる、という話もあった。
うらやましかったな。

やっと見つけたそのCDの曲目を見て、びっくりしました。
なんと、 "Love & Occasional Rain"が入っているのだ。
ライナーによれば、"TEENAGE OPERA"用でなくても、構成上、合致するものは収録したという。
なんだかなぁと思えど、ワーツ本人の助言にもとづいているらしいから、文句は言うまい。
ともかく、これで、問題の "Love & Occasional Rain"が聞けるのだ。
ただし、rpm盤には、作曲者クレジットがない。
ジャケットに、「Music Composed.... by Mark Wirtz」とあるので、ワーツ作曲としているのだろう。
発表年は、1968年と記されている。

とにかく、聞いてみた。

おやっ? イントロが、ベネットの曲とはちがう(ドキドキ)。

約1分後。
出た、「だっだっだーっ、だだ、どぅだだっだーっ」、ああ、"10,000 Words ....."のフレーズだ。

おおおおお。ベネットの曲とは同名異曲だったのか!
(じゃ、作者がベネットなのはどういうわけだ?という疑問が浮かぶ余裕は、この時にはなかった。)

しかし、そのわずか15秒後。
「たら〜らら、たらら、た〜らら〜」というベネットの "Love & Occasional Rain"と同じメロディが。

絶句。
やられたっ。

ワーツ版の"Love & Occasional Rain"は、ベネットの曲に、"10,000 Words ....."の一部を混ぜた折衷物だったのだ。
 



「一万語」問題、とりあえずの結論                                

以上の顛末から、発売年月や作者クレジットなど物証検分は不充分なれど、

「"10,000 Words ....." は、"Love & Occasional Rain"とは別の曲で、どちらが下敷きになっているわけでもない」

という結論を下すに至りました。事実関係を整理してみますと、こんなかんじです。

1. "10,000 Words ....."は、トゥインクとジョン・ウッドの共作である。("RUBBLE" のクレジットは、伝説をもとにした誤記)

2. "Love & Occasional Rain"は、ブライアン・ベネットが作曲したものである。

3. ワーツは、"Love & Occasional Rain"を演奏するにあたり、"10,000 Words ....."のフレーズを追加した。

ただひとつ、謎だったのは、作者であるブライアン・ベネット本人版よりも、ワーツ版のほうが先に出ているらしいことでした。
この点については、以前出入りしていたパソコン通信の会議室で、ブリティッシュ・フリーク・ビートに詳しいKoh氏から示唆をもらいました。
二人とも、EMI傘下のレーベル「スタジオ2」で活動していた、いわば同僚なので、なんらかの交流があったのでは?というものです。
これは正しい推測でした。
問題の1968年作品 "COME BACK & SHAKE ME" には、ブライアン・ベネットが参加していたらしいのです。
このことは、しばらくして出たマーク・ワーツ作品集 "THE GO-GO MUSIC OF MARK WIRTZ"の解説で知りました。
"Love & Occasional Rain"の作者クレジットを、現物で確認したわけではないのですが、ほぼ、上の結論で間違いないと思います。

結局、勘違いと誤記が生んだガセネタだった訳ですが、おかげで、縁がなかったシャドウズを聞くようになって、喜んでいます。
怪我の功名、と言うよりも、転んでもタダでは起きない、というところでしょうか。
 



参考文献&参考音献&余談                                   

●本文で触れたレコードは、次の通りです。
1. Aquarian Age etc. "RUBBLE 3: NIGHTMARES IN WONDERLAND" (Bam Caruso KIRI 026), 1987
 ※絶版ですが、このシリーズの新編集CDバージョンが出ているようです。収録曲については未見です。
2. Brian Bennett "CHANGE OF DIRECTION / THE ILLUSTRATED LONNDON NOISE" (See For Miles SEE CD 205), 1990
3. Twink "THINK PINK" (World Wide/SPM SPM-WWR-CD-0031), 1991
 ※トゥインク・レコードからの新装盤のほか、イタリアのレーベルからも復刻盤(CD、アナログ)が出ています。
4. Mark Wirtz etc. "A TEENAGE OPERA" (r.p.m RPM 165), 1996
5. Mark Wirtz Orchestra & Chorus "THE GO-GO MUSIC OF MARK WIRTZ (MOOD MOSAIC VOL.1)" (r.p.m RPM 172), 1996
 ※4と5は、同じ年に出たことになっていますが、そうやったっけ? 後者はかなり経ってから出たように記憶していますが、メモをたぐるのは面倒なので、わかった時に追記します。

●アクエリアン・エイジの"10,000 Words In A Cardboard Box"は、現在発売されている次のCDでも聞けます。
1. Aquarian Age etc. "PSYCHEDELIA AT ABBEY ROAD 1965-1969" (EMI 496 9122) 1998
2. Tomorrow featuring Keith West "TOMORROW" (EMI 498 8192), 1999
 ※トゥモロウのオリジナルアルバムに、未発表曲を含むアクエリアン・エイジとキース・ウェストのソロを追加した決定版です。

●本文とは関係ありませんが、"10,000 Words In A Cardboard Box"のカバーシングルが出ています。今風のアレンジでかっこよろし。
Zoomer "TEN THOUSAND WORDS IN A CARDBOARD BOX" (Magnatube 30001-3), 1999

●"Love & Occasional Rain"のハンク・マーヴィン版(もちろん"10,000 Words ....."のリフはなし)が、次のCDで聞けます。
Hank Marvin "HANK MARVIN" (EMI 498 2082), 1998
 ※1969年に出たソロデビューアルバムに、その前後にシングルで発売されたアルバム未収録の10曲を追加した好企画盤です。

●本文で触れた本は、次の通りです。
Vernon Joynson (ed.) "THE TAPESTRY OF DELIGHTS" (Borderline Productions), 1995
 ※現在、増補版が出ているようですが、わたしが参照したのは初版です。

●(余談その1) ワーツの使い回し疑惑
"10,000 Words ....."をめぐる勘違いの背景には、ワーツによる使い回しの前科が影響しているかもしれません。
トゥモロウのレパートリーを、本人たちよりも先に、自分のプロデュース作でリリースしているのです。
まず、"Hallucinations"は、"Mr. Rainbow"という題で、1967年8月に出ています。スティーヴ・フリン(ワーツ本人の変名らしい)名義。
さらに、"Shy Boy" が、キッピングトン・ロッジのデビューシングルとして、1967年10月に発売されています。
トゥモロウ版が出たのは、1968年2月。事前に評判を高めようとの作戦だったのでしょうか。

●(余談その2) 何故、「一万語」か
参加しているMLで、N氏から、「一万語」の語は、ノーマン・メイラーの『一分間に一万語』から来ているのでは?という示唆をいただきました。
N氏のご好意で、お借りし、読むことができました。(1964年・河出書房刊、山西英一訳 『一分間に一万語 −リングの死闘と新実存主義−』)
『一分間に一万語』は、1962年9月に行われた、ボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチのレポートで、「エスクワィア」誌が初出です。
2分6秒という短い時間で、大方の予想を裏切るかたちで決着したフロイド・パターソンとソニー・リストンの対決に、メイラーは、26000語を費やす。
選手の、マネージャーの、スポーツ記者の、観客の、この試合を構成している事情や慣習、心理や信念を、メイラーは書き立てるのだ。
さながら、マルチアングルの映像のようです。
当時は、ひょっとしたら、表立っていない秘密を解き明かす、という効果があったかもしれない。
でも、いま読んで感じるのは、時間に沿って読むしかない文章が、限られた時間のなかに、ぶちまけられている、ということです。
その一挙に見せる感覚が、「水瓶座の時代」の予行演習であった1968年に、「幻視的経験」に結び付けられた可能性は十分あると思います。
 
 

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(c) 2000 Kijima, Hebon-shiki