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2025年5月25日~2025年5月31日


5月25日(日) 【▼ぐりぐらメモ/2025年5月25日】
 先週に続いて、今週も、母デイ日の土曜日は雨。見に行きたい個展があったのだけど、画廊が土日月しか開いておらず、行けるのは土曜日のみなので、諦めた。

 母デイ日の火曜日はタイムトライアル。14時に生命保険の担当の方との約束があったのだけど、見てみよかなと思っていた映画の居住市内の映画館での終了時刻が13時半。がんばって片道20分なので、駐輪場から出す時間などを入れて、ぎりぎりかな、と。朝、母をデイサービスに送り出してから、保険担当者から電話があり、少し遅れます、との連絡。助かった。という訳で行くことにした。
 関和亮監督『かくかくしかじか』。 漫画家、東村アキコさんが高校生のときからの恩師のことを描いた自伝作品の映画化ということで気になっていた。原作は読んでいない、というか、東村アキコ作品をほとんど読んでいないので、申し訳ないけれど(ドラマ化されたものはいくつか見ている)。見よかなと思った理由のひとつは、主人公を永野芽郁がやっていること。『半分、青い』にしても『ハコヅメ』にしても『親バカ青春白書』にしても、いわゆる天然キャラクターがうまい。『マイ・ブロークン・マリコ』は、天然キャラクターではないけれど、破天荒。スウィッチが入るときの様子に妙な説得力がある。『晴れたらいいね』では、そうしたことを前提したようなセリフ(この人が言うと本当になるような気がする)もあった。

 『かくかくしかじか』は、すぐに迷い、怠けてしまう漫画家志望の主人公が、美大受験のために絵画教室に通い、理解を越えた熱意で指導する先生に出会う。先生の指導は破天荒だが、素朴でもある。主人公はその意図を理解できていない。ただ、先生の熱意に押されている間、スウィッチが入る。スウィッチが入っていたという記憶の積み重ねがある。最後になって、そのことに気付くのだけど、きっと、本当にはわかっていない。わからなくていい、記憶の積み重ねがあるだけでいい、ということなのだと思いながら見ていた。
 この日は暑かった上に、タイムトライアルもしていたので、汗だくで、汗を拭いたタオルハンカチをひざに置いて見ていたのだけど、終わって、それを忘れて立ち上がってしまい、うしろのひとに「ハンカチ落としましたよ」と手渡されることに。「このひと、泣いてたよ」と思われたな、きっと。

 母デイ日の木曜日は、隣市図書館での朝日新聞縮刷版チェック。過去のとある番組について、友人とやりとりをしていて、チェック済だと思っていた1979年5月がまだだったことに気付いた。実は、このところ、チェックするだけして、整理できていなかったので、整理が済むまでチェックしに行くのを休もうと思ってたのだが、行く口実ができてしまった。ついでに1983年4月・5月をチェックした。
 整理できていなかったのは、持ち物整理または引継資料ペーパー作りに淫してしまっていたから。ザ・ジスト編は、「note」に「所蔵品目録(3)」として投稿した。その後、エヴリシング・バット・ザ・ガール編を作成中。先週見つけられなかったCDは、月曜日に発見した。書きながら、聞いたり、眺めたりしているのだけど、EBTGは、Branco Y Negro盤も日本ではずっとCherry Red扱いだったことを初めて知った。あと、高校時代の友人Tに頼まれて買っておいたのに渡しそびれた "EDEN" 日本盤の解説が酷かった。音楽についての芸術論を延々と書き連ね、ローリー・アンダーソンのコンサートについての感想を付け足して、EBTGについては、ほんとにつけたしで触れているだけ。興味が湧かなかったんやろなぁ。いままでインサートをひっぱり出したことがなかったのは、やはり、どこか、一時的に預かっているという意識があったからだと思う。と言いながら、レコードは聞いていたのだけど。いや、それは、頼まれたときに、「買っとくけど、聞いてもいい?」と承諾済だったから。ということにしてください。

 週の後半は、反省して、引継資料ペーパー作りは休んで、朝日新聞縮刷版チェック結果の整理に勤しんだ。「note」に投稿した記事を訂正しないといけないこともいろいろあります。

 月曜日は、母の月イチ受診を午前と午後に敢行したけれど、遠い過去の話のような気がする。今週の母は、起きてからも夢から戻ってきていないけれど、アクティヴで、そうなると、わたしの話なんざ聞いちゃいない。あまり親しくないひとについて来られた話(小さい子だったり、中学生の男の子だったり、同い年くらいの女性だったり、時によって、いろいろ)や家を売ることになった話などは返事に困ってしまう。そのまま信じ込んでしまいそうなのが怖くて、つい、ちがうよ、そんなひと居ないよ、そんな話はないよと言ってしまうのだけど、正解とは思えない。
 身体的には、先週はなかった、ひとりでキッチンまでやってくる、があった。朝の6時に気配がするので、起きてみたら、居たということがあった。居間にも来た。すぐに帰ってしまったけれど、とにかく二回。転倒しなければ、キッチンに来るのはいいけれど、今週から、G対策で、夜、水切りラックを流し台からテーブルに移しているので、ひっくり返したりしなければよいのだけど。

 先月買い物し過ぎたので、今月は積極的になれなかったのだけど、前に注文していたものが二つ届いた。ひとつは、ミルクマン斉藤『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ』(京阪神エルマガジン社、2025年5月)。クラウドファンディングに応じて、出資していました。よい読者では全然なかったけれど、この時期の「エルマガジン」は読んでいたし、書かせてもらっていた期間もあるので、時代のパッケージとして、いいかなと思って。新着映画評やエッセイだけでなくて、インタビュー記事も入っているのがいい。もうひとつは「ホホホ座」が制作した松本隆トリビュート企画『でもしあわせなんて何を持ってるかじゃない何を欲しがるかだぜ ~松本隆を唄う~』。参加ミュージシャンはよく聞いているひとが多いし、選曲も面白い。一応見ていたはずだけど、届いてすぐ、何も見ないで聞き始めたら、2曲目に財津和夫「空飛ぶ林檎」のいいアレンジのものが流れて、思わず、誰が演奏しているのか確認してしまった。吉田省念さんでした。予想どおりの演奏を聞かせる組み合わせもあれば、長谷川健一さんの「終着駅」、テニスコーツの「紐育物語」のように、知らなかった曲でぐっとくるということもあった。
 他に、「スウィート・ドリームス」第5号。買い物をすれば、つけてくださるということだったけど、いま、買うものがなかったので、冊子だけ頼んだ。

 今週の視聴覚。テレビはいつもとあまり変わらず。毎日放送されているものでは、『深夜食堂』で救われる日々。●BS日テレ『作詞家・松本隆 ことばの冒険~A面だけじゃ語れない~』。「ホホホ座」と件のCDが映っていた。そろそろかなと思っていたら、二日後に届いた。●『太陽にほえろ!』第244話「さらば、スコッチ!」(1977年3月25日放映)。このあたりになると、もうあまり見ていなくて記憶がなかったけど、スコッチの代わりに、スコッチの元恋人であった婦警(夏純子)が殉職した。●NHK-FM『現代の音楽』1970大阪万博のサウンドスケープ特集。

 訃報。徳武弘文。ロジャー・ニコルズ。ガイ・クルセヴェク。ロジャー・ニコルズの "SMALL CIRCLE OF FRIENDS" を持っていないのは意地を張って。好きなのはフォークロックで、熟練の作曲家ではない、みたいな。持っていないものを残しておくのもいいかな、という考えもあった。さて。

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