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2024年5月26日〜2024年6月1日
5月26日(日) | 【▼ぐりぐらメモ/2024年5月26日】
このところ、日記は、去年の1月からExcelでつけている一行メモを見ながら、日曜日に一気に書くというかんじになっている。以前は、文章形式のメモを折に触れて書いていて、それをまとめていたのだけど、集中できる「合間」がなくなったことで、文章形式のメモも書けなくなった。 集中できるというのはどういうことかと言えば、中断されることがないということです。音楽を聞くのも、本を読むのも、集中が必要というか、集中してしまうので、母が居るときには避けてしまうのだ。中断の可能性があるから。テレビドラマを見ることが増えたのは、集中する必要がないし、中断されてもかまわないからだ。物語を追う必要がある作品の場合は、見ながら、同時に録画して、中断に備えているのだが(「TVer」という手もいまはある)。
先週の日記で忘れていたと言えば、カラーボックスについても書き忘れていた。「LPやA4ファイルが入るカラーボックスは店頭になかったので、通販・配達を検討することにした」と書いたのが2023年4月16日。おそろしいことに1年経って、やっと、それを実行した。LP用のカラーボックスは3つあるのだけど、過去ツイートを検索したら、1つずつ自転車に乗せて、30分かけて歩いて持ち帰ったのは2019年12月のことだった。その後、新型コロナウイルス感染拡大、母の入院・退院からの介護生活といろいろありはしたけれど、放置するにも程がある。で、2023年4月に、ひさしぶりにカラーボックスを買ったはいいが、一回り小さいもので、それでがっくりきて「次は通販・配達」と考えたのだった。
濱口竜介監督『悪は存在しない』のことをつらつらと考えていたのだけれど、それも書き忘れていた。見ているときに気になったのは、主人公が車で移動するとき、遠ざかっていく「後ろ」を映していたことだった。これ、なにかあるのかなと思いながら見ていたけれど、明示はされなかった。冒頭からの森の場面で、森に不穏なものは感じさせていた。後ろを映すのは、車で移動するときだけで、森の中ではなかったのだけど、森から出たら、気にしなければならないものが後ろに居る可能性があったということなのか。答えはないのだけど。 月曜日、予約していた介護タクシーで、母の月一回の通院。この日、母は、朝は粥、昼はおにぎり一個、夜はご飯と復調してきていた。いったん部屋に引き上げてから、夜に起き出してきて、飲みものを飲んだり、翌火曜の朝も朝早くに起き出してきて、いつもどおりの朝食が摂れるようになった。 安心した訳ではないけれど、デイに送り出したあと、また「京都シネマ」に行き、ちょうど見られる時間帯にやっていたイブ・ブランドスタイン/リチャード・カウフマン/スチュアート・サミュエルズ監督『ジョン・レノン 失われた週末』を見た。1973年8月から1975年1月までのジョン・レノンとオノ・ヨーコが別居していた時期のドキュメンタリーで、この時期にジョン・レノンをサポートしたパーソナルアシスタント、メイ・パン May Pang さんの回想に基づいている。ジョン氏とヨーコ氏の仲がこじれ、別居することになったとき、最初はヨーコ氏からお目付役というか本気にはならないであろう妻公認の妾のような役割を命じられて始まったようだけど、若く、やる気もあったパンさんはアシスタントとしてもジョン氏の創作活動や途絶えていた家族との交流などを支えた、と。ジョン氏がどう思っていたのかはわからない。ただ、残されている写真を見ると、パンさんはとても楽しそうだから、悪い気はしなかったのではないかと推測する。この時期の他のミュージシャンとの共作や録音への参加に、そうしたプライベートな生活の影響があったのかどうか。いずれにしても、ジョン氏には、悩みではなく弱み多き者よ、と呼びかけたくなってしまった。 映画のチケットをとったあとで、さて昼食をと思って歩き出したら、同じフロアの「dddギャラリー」で「永原康史 時間のなかだち:デザインとNFTの邂逅」という展示をやっていた。永原さんのデザインは90年代頃のものはよく見ていた。時間がなくて、主要なテーマであるマルチメディア展開(言いかたが古い)には触れられなかったけれど。 水曜日。母に、車椅子を借りた。一時的なものであればよいのだけど、歩きにくくなっているので、もしかのときのために。 木曜日の母のデイ日も、出かけた。居住市の書店めぐりでも、と思っていたのだけど、ふと梅田に行ってみようか、と。梅田駅の紀伊國屋書店で、石川浩司/原田高夕己『「たま」という船に乗っていた
らんちう編』(双葉社、2024年5月)と松宮弘『すたこらさっさ』(徳間文庫、2024年5月)購入。バスで「中之島四丁目」まで行き、「大阪大学中之島芸術センター」での糸川燿史写真展「回顧録」に。「マンスリーよしもと」の仕事、パリの風景、船舶のある風景、天王寺野外音楽堂での春一番、タレントのポートレートなど。思っていたより、こじんまりとしていた。ポートレートはランダムにざっと広げたレイアウトになっていて、もったいなかった。ポートレートなのだから、誰であるかを示して、一枚一枚展示したほうがよかった。スペースはあるように思えたし…。それと、略歴が貼りだしてある前の物販テープルに係員が3人並んでいて、圧が…。略歴を読むのにも気が引けてしまった。
今週の到着物。●テディ・ラズリー Teddy Lasry "e=mc2"(1976年)と Slapp Happy "Sort Of"(1972年)。テディ・ラズリーのは、「ちゃんとした」ソロアルバム2枚のうちの最初のほう。当時は雑誌で紹介を見ただけの垂涎の一枚だった。ちょっと前に配信で聞けるようになって、聞いてはいたのだけど、そうこうしているうちに、亡くなられてしまった。追悼として。スラップ・ハッピーは同じレーベル(ベル・アンティーク)からの新装復刻盤で、最初にピーター・ブレッグバッドさんの詩の朗読のようなバンド紹介、余白に1974年6月25日収録、7月16日放送のBBCセッションから、「Little Something」と「War Is Energy Enslaved」が追加されている。"Little Something (A Little Something)" は "Here's Little Something"、"War Is Energy Enslaved (War)" はそのまま "War" と日本語解説シートに記載されているのだけど、アンソニー・ムーアさん監修とは言え、ジャケットにも盤にも追加分の記載はなく、ムーアさんのコメントもなく、非公式感にもやもやする。前者はワイアットさんの拾遺集 "FLOTSAM JETSAM" にも収録されていたもの。feat. Robert Wyatt との添え書きがある。後者は、実を言えば、もしかしたら、没になったシングルテイクだったらどうしようという憶測もあったのだけど、日本では制限がかかっていて聞けないBBCセッションの配信版のサンプルで、BBCセッションのものだと確認できた。こっちにも feat. Robert Wyatt とあるけれど、feat. Henry Cow やんな、と思う。音はよくなっている気がする。●DIE OWAN(ディ・オーバン、Oはウムラウト付き…なのでほんまはイィーバン?)他『Miniatures + Cho Yong Peel Sessions』。1981年にカセットで出ていた『Miniatures』のパロディオムニバス(ボーナストラックを10曲追加)に、未発表の『Cho Yong Peel Sessions』をおまけに付けた復刻CD。1981年の風景のスナップ写真帖のごとし。●平山悠編・著「FEECO Vol.5 2023 issue」。元の文献にあたっていないこともあり、よくわかっていないのだけれど、気になる憑在論についての覚書き、レビューなど。憑在論についての覚書きに、事例として、あがた森魚作品に触れられている。●「ゆうびん山」2024年5月下号。 今週のラテ欄。●NHK総合『VRおじさんの初恋』、NHK-FM『北海タイムス物語』、最終回。●コルネッツのPodcastラジオ「らじこる」第21話 ”あれは…何年のことだった?”。ほとんど失われていた曲が偶然が重なって甦るという話を聞くと、長く続いているバンドならではの魔法だ、と思う。作者に求められているものが時間を置いて届くかんじも。●むさしのFM「囲碁お見知りおきをラヂオ」、13(ワンサン)回を聞いて、続けて、FMおだわら「象の小規模なラジオ」を聞いていたら、よい曲が続けて。メモ。The Auteurs “Unsolved Child Murder”、Don Caballero “Fire Back About Your New Baby's Sex”、Plush “(See It In The) Early Morning”。 |
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