目次に戻る

2020年11月22日〜2020年11月28日


11月22日(日) 【▼ぐりぐらメモ/2020年11月22日】
 母のお気に入りの食堂が閉店してしまったため、行ける範囲で新しい店を探しているのだけど、近所によさそうな店が見つからない。きょうは、少し離れているけれど、弟の車で何度も行っているファミリーレストランに行ってみることにした。場所は知ってると言うし、行きかたも聞いて間違いないと思ったので、いつものように母が先行して出て、遅れて出るようにしたのだけど、着いたものの姿が見えない。いままでだと別ルートで追いかけたりすることもあったけど、今回はこうした形で行くのは初めてなので、後を追うようにしたのだけど、もちろん追い抜いてもいない。携帯電話にかけようと、取り出したら、メールが入っていた。目印となる小学校と中学校の位置関係を勘違いして、道に迷ったらしい。電話でいま居る場所を聞いて、迎えに。ふうむ。勘違いしただけやろと、落ち込まないように、励ましたつもりだけど、どうだろうか。ファミリーレストランは繁盛していた。地域振興券の残りを使い切ってしまおうと、いつもより少しだけ張り込んだ。ええっと、一人300円増くらいかな、いつもより。

 ウイルス感染が拡大している。大阪は、一日の感染者数(と発表されている人数)が全国で最も多くなってしまった。真摯に受け止められるひとたちなら、しのごの言うつもりはないのだけど。国の「GO TO」政策との因果関係が取り沙汰されて、また「論戦」になっているけれど、相変わらず、結論ありきで、そうした事態を利用して「相手を叩く」道具になっていることに、うんざりさせられる。結論ありきなので、実態のとらえかたが奇妙なものになるのだ。「マスク、手洗い、距離とれお前」の感染防止策を、感染拡大防止策として行政が指示することのおかしさを指摘すると、たちまち、その感染防止策の何がおかしいと息巻くひとたちがいる。感染防止策としてはおかしくないが、感染拡大防止策として声高に言うことは恥ずかしい、と言っても聞く耳を持たないだろう。わかってる/わかってないの話ではなくて、聞く気があるかどうかの話。
 それぞれの事情(小さな子供がいる、老齢の親がいる、ひとと接する仕事をしている等)による「意識」に頼っていては漏れがある、のであれば、それ以外の方法を考えないと、と思う。事情があるのだろうけど、その事情を隠したまま、そうした方向が出てこないことに絶望的な気分になっている。この件については、特に、行政の範囲と個人の範囲をごっちゃにする傾向が強い。当初からそのあたりは変わっていない。検査の話も、検査を進めないことに、行政として感染経路を分析、検討する気があるのか疑問が感じられるということなのに、個人が安心したいという話にされてしまっている。そうした「できあいの理解」に飛びつくひとには、話のしようがない。

 というような話よりも、ほんと、レコードについての他愛ない話だけしていたいんやけどね。アンソニー・ムーア "OUT" 発売中止には、1976年のヴァージン・レコード方針転換があったと、東瀬戸さんの解説にあった。"OUT" の元の品番の前後が、レゲエであることからも、そのことを察することができる。アンダーグラウンドなバンドの作品を発表することで、若者の支持を得たヴァージンレコードではあったけれど、一般的な人気には程遠かった。昔読んだリチャード・ブランソンの伝記で、方針転換から契約解除の噂を耳にしたデイヴィッド・ベッドフォードが、会社には芸術作品への貢献への感謝と嘆願を、マイク・オールドフィールドには、会社やブランソンへの不満をぶちまけた手紙を書いたところ、間違って、逆に送ってしまったという笑うに笑えないエピソードが紹介されていた。しかし…そのベッドフォードも1977年にアルバムを出しているし、デイヴィッド・アレンが抗議の落書きを行ったあとも、元ゴングのひとたちは出し続けている。何故、"OUT" が発売中止になったのか、東瀬戸さんの解説からは、アンソニーさんも納得していないことがうかがえる。ひとまず、アンソニーさんの意向でなかったことには安堵している。

 他に、この時期に発売中止になったものはあるのだろうか、と呟いたところ、東瀬戸さんから、トム・ニューマンの "Live At The Argonaut" (V2042) がそうだと返事をもらいました。ああ、そうや、やはりVoiceprintから発掘盤が出たのを買ったのだけど、そのときに初めて、発売中止になった作品ということを知ったのでした。あと、ボクサー "Bloodletting" (V2073) は、発売されたことはされたけど、1979年になってかららしい。このあたりになると、日本発売がなくて知らなかっただけと思っていた(デビューアルバムは強烈なカバーデザインとともに、広告が出ていたことを覚えている)。謎なのが、そのひとつ前のV2072で、キャプテン・ビーフハートの「幻だったアルバム」"Bat Chain Puller" という説もあれば、"The Orchestral Hergest Ridge" だったという説もある。でも、これらはいずれも、当人の問題で、ヴァージンレコードの方針転換とは関係なさそうである。

11月23日(月)
[一回休み]
11月24日(火)
[一回休み]
11月25日(水)
[一回休み]
11月26日(木)
[一回休み]
11月27日(金) 【▼ぐりぐらメモ/2020年11月27日】
 連休中の課題のひとつに、メガネの新調があった。いままでは、落として割ったり、フレームが壊れたりしたときに、いちばん近いところに駆け込んで作り、その後、しばらくそこで作り直すということを続けていたのだけど、今回思い切って、安いところで作ってみることにした。安いといっても、これまでは、レンズが高価だったり、フレームが限られたりして、なんやかんやと追加料金がかかって、そこそこの価格になっていたので、そうは言うても、そこそこかかるだろうと思っていた。

 メガネを作るのは、ひさしぶりだし、店も初めてなので、店のひとに段取りを聞くと、処方箋を持っている場合は、それを元にレンズの種類を選んだら、あとはフレームを選んで、持っていくだけ、だった。最初に選んだフレームがレディース用ということで、似たかんじのメンズのを探してもらうというワンステップ追加はあったけれど、かけたときの確認、微調整はあるものの、店での度数測定はなかった。ご実家が眼鏡店のトミヤマユキコさんの本で、ちゃんとしたとこは、処方箋があっても、さらに店でも測定するというような話があったので、よいのかどうかわからないけれど。フレーム選びの時間を除くと、45分くらいなのではなかろうか。それと、価格は正味、度数に関係なく、レンズ込みの固定価格だった。予算も時間も余裕をとってと、この連休に設定…したのにもかかわらず、最終日になってしまったが、あっさり終わった。でも、これなら、金銭的にも気持ち的にも、もう一本作る余裕ができる。とにかくいままで身につけているものの中でいちばん高価なものだったので、落としたり、忘れたりすることへの心配が強かったのが少しは気を楽にもてる。

 レンズは取り寄せ、受け取りは後日ということもよくあったので、自転車で行ける範囲の大型ショッピングモール内にある店にしたのだけど、即日受け取りなので、その点も考慮しなくてよかった。モールには、ちったあ大きめの書店が入っているので、そこで買おうと思っている本を探すという目的もあったのだが、見事に、目的の本は「なかった」です。新刊なのに。半分は期待していたのだが。その点は、割と最近に行ったので外したショッピングモールのほうが大きな書店が近辺に三軒あるのでよかったかもしれない。

 帰りに、プリンターのインクカートリッジを買う用事があったことを思い出した。残量ゼロになったのは、ライトシアン一個だったのだけど、モノクロに指定してもダメで、とにかく印刷できない状態になっていた。わずかな望みをかけて書店もある量販店に回ってみたのだけど、なんと灯りが点いていない。貼り紙を見ると、移転のため、閉店したとあった。同じ通りにもう一件あったが、かなり前に閉店し、ビルもなくなり、駐車場になっていた。
 この通りには、小学高学年から中学にかけて、既に引っ越してはいたのだけど、放課後や休みの日によく通った。子供の頃、休日となれば、家族で行った「ダイエー」が突き当たりにあり、そこから駅までの間、「ミドリ電化」があり、「ニノミヤムセン」があり、「上新電機」があり、「ソニーAVIC」があった。ミドリ電化にはレコードコーナーがあった。"WINGS OVER AMERICA" を予約して買った。「ダイエー」内にもレコードコーナーがあった。"REVOLVER" はその店で買った。「ソニーAVIC」ではカセットテープ愛用者のためのフリーペーパーを毎月もらいに行ってた。「ニノミヤムセン」ではパーツを買って、「ラジオの製作」を見ながらあやしげな機器を作っていた。日本橋の出張所みたいな電気街だった。
 小さいながら『岩谷宏のロック論集』や「だっくす」を見つけた書店もあった。「ダイエー」の脇には、漫画が充実している書店があって、時代は下るけれど、「ガロ」や「マンガ奇想天外」で知った作家(さべあのま、高野文子、大友克洋など)は、そこに買いに行っていた。近辺ではまだ珍しかった「マクドナルド」もあったな。配布されていたドリンク無料券を手に、ドリンクだけ引き換えようとして、渋い顔をされたこともあった。
 「ミドリ電化」があった場所には「TSUTAYA」がある。「ニノミヤムセン」跡はドラッグストアになっている。移転のため閉店した量販店はかなり後になって、というか、最近になって建ったのだけど、それでもかつての電気街に残った最後の電器店だった。それがなくなってしまったことで、感慨に耽ってしまった。

 連休明けの初日。メールをチェックすると、金曜日の夜、帰ってから入った一件と今朝早くに入った一件の二通があるだけだった。端境期とは言え、ここまで来ると、寂しいというかなんというか。ペンディングになっている長期課題については、上のほうで、話し合いがもたれたようだけど、結論が出ず。そんな訳で、ひたすら過去資料のアーカイヴ化。一応、抜けや乱れなどがないかチェックして、追記したり、補ったりはしているのだけど、偽造隠蔽している気分にも。

 連休明け初日の帰り、土曜日にも行った通勤路途中のコンビニで、通販物の受け取り。かなり前に予約を入れていたジョニ・ミッチェルの5枚組 "JONI MITCHELL ARCHIVES VOLUME 1: THE EARLY YEARS 1963 - 1967"。なんだか日が経つのが早い。 朝7時にコンビニに到着していて、朝、引き取ることも一瞬考えたのだけど、ひとが少なくなる間合いがさすがに短いので、やめた。
 注文を入れたときは、輸送の問題があるのか、輸入盤も国内流通盤(翻訳ブックレットをあとから追加添付)もあまり変わらない価格だったので、国内流通盤(直輸入品に日本語ブックレット添付)を頼んだ。日本語ブックレットには、元のブックレットに掲載されたインタビューの翻訳の他、元にはない訳註、歌詞、ラジオ出演時の会話部分の訳も掲載されているので、よかった。

 ジョニ・ミッチェルが駆け出しの頃に出演したラジオ番組での演奏は、いろんな海賊盤が出ているので、これはジョニさん版の "BEAT THE BOOTS" といった意味合いがありそう、と思っていたら、インタビューでもそのように語られていた。白状すると、海賊盤の一枚を買ったことがあるのだけど、あまりに音がひどかったので、すぐに処分して、なかったことにしていた。
 ラジオやテレビ出演時の録音、自宅などでのプライベートな録音、フォーククラブでのライヴ録音、デモ録音などで構成されている。まだ詳しく見ていないけれど、最初期の伝承フォークを除いても、フェアポート・コンベンションによる録音がある "Eastern Rain"、文字で曲名だけ見ていた曲がかなり含まれている。また、"JONI MITCHELL (SONG TO A SEAGULL)" だけでなく、"CLOUDS" や "LADIES OF THE CANYON" に収録されることになる作品も既に演奏されている。本人版は、のちに、シングルB面にひっそりと収録された "Urge For Going" が初期の代表曲であったことも実感できる内容になっている。

11月28日(土)
[一回休み]

目次に戻る

2020 Kijima, Hebon-shiki