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2019年12月15日〜2019年12月21日


12月15日(日) 【▼ぐりぐらメモ/2019年12月15日】
 あらわれるターゲット広告からすると、どうやらツイターさんは、わたしのことを女性だと思っている。おっさん向けというと、ビジネスか(わたしが望まない)エロになりそうで、それは憂鬱なので、できればこの状態はキープしたい。
 そう言えば、ビジネス雑誌にも縁がないけれど、それはおっさんのポートレイトが多いからです。これは男女問わず、作家についても思うことだけど、顔や姿を出したいものだろうか。経済状況分析の記事に、執筆者の写真は必要だろうか。ひととなりをとりあげている記事は別として。

 ツイターメモ。流れていってしまって、たどるのがたいへんだし、検索もなんだかあやしいので、メモしときます。細馬宏通さんが「突然、何度もきいた大貫妙子の三曲(明日には変わってる)」として、「ディケイド・ナイト」「部屋」「黄昏」をあげていた(2019/12/7 1:28)。弟に頼まれた大貫妙子作品集を選曲するときに、むりやり、と言っても、聞くのは弟だけなので世評を気にする必要はないのだが、入れた3曲なので、おおっとなった。細馬さんは次のように続ける。
 

大貫妙子の「部屋」の「深い」という発音に、いつもは端正な彼女のエモーションが表れる。後年には、大貫妙子はもっと自在に、フレーズの中でさっと感情を浮き立たせるようになったけれど、「部屋」の頃の、頑なだからこそもらされる感情にはっとさせられる。(2019/12/7 1:33)

書いてから、あ、気づいたのだけれど、大貫妙子「部屋」の「『ふ』かい」の音はIVmaj7に対するVI。これって、藤井丈司さんが「ビハインド・マスク」に関して書いていたぐっとくる音(シュガーベイブの「ダウンタウン」の「くらい」もそう)だ。そこからIII7→VImへと沈む色。(2019/12/7 1:40)


 頑なさは、初期の大貫妙子さんの歌を特徴づけるものだと思う。ご自身は、若さや未熟さを感じられているかもしれないけれど、演奏とともに、残してくれたことに…変な言いかただけど、感謝しています。
細馬さんの書き込みを受けて、バリトンサックス奏者の吉田隆一さんが書き込んでいる。吉田さんは、以前、前述の選曲時に、「ディケイド・ナイト」を選曲したことについて、リツイートの上、「うわー!『ディケイド・ナイト』!」と反応してくれて、「十代の頃に特にたくさん聴いた大貫妙子さんのアルバムが『ROMANTIQUE』と『Grey Skies』で、『ROMANTIQUE』収録の『ディケイド・ナイト』は、楽曲はもとより、大貫妙子さんの歌い方がもう、最高に好きです。音程の捉え方とノンビブラートの声に、意識がすっとどこかに落ちるように感じる歌い出しです」(2018/12/16 2:04)と書かれていたひとです。
 

大貫妙子「部屋」、高校生の私も繰り返し聴いてました。
ジャズを聴き始めた頃の私は、細馬さんが指摘する(「部屋」の歌詞)「深い」と歌う響きに、オーネット・コールマンのサックスの音色と音程感覚を重ねて聴いていたものです。(2019/12/7 1:38 - 1:41)


 細馬さんがそれに対し、「オーネット・コールマン!そういえば、大貫妙子は「ふかい」のところでちょっと声が裏返って、でもそれをよしとするところがすごくいいんだけど、あの感じ、オーネット・コールマンの、ちょっと逸脱したメロディラインにさしかかるときの「パフ」っていうアタックを思わせますね」(2019/12/7 1:53)と返されて、吉田さんが続ける。
 

わかります!サックス奏者としてのオーネットの革新の一つが「歌に沿ったナチュラルな音色の変化」で、普通なら音色のバラツキととられるような、「開いて」しまった音こもってしまった音を「『PEACE』と『SADNESS』で吹くそれぞれのFは同じ音であるべきではない」として「あり」にしてしまった点で後進、例えばデヴィッド・サンボーンのようなアプローチが世に受け入れられる土壌を開墾したと私は考えてます。それと同質のアプローチを、歌詞と音域、メロディーラインと音程の跳躍に対するナチュラルな声質の変化が聴き取れる80年代(ヨーロッパ三部作まで)まで、特にソロ初期2作の大貫さんに感じます。(2019/12/7 2;01 - 2:08)
 いい話が聞けて、よかった。

 先週は、押し詰まってきて、ひさしぶりに残業を少し。ここを読んでいる会社のひとが居たら、このところの(不安、怒り、ままならなさからの)やけ買いの資金を稼いでいるのかと疑いそうだけど。しかし。不安要素が的中しつつあり、昨日、つい声を荒げてしまって、じっとりと後悔している。…で、その声を荒げてしまった顛末や伏線や経緯について、縷々書いたのだけど、ここには転記しないことにする。言われたことしかできないのかと思いきや、言われてないことをやって、そのことについて意識がないという相手に、どうすればよいのか、よかったのか、答が出ていないから。いまはただ、そうは言うても、ちゃんと仕事してもらえないと困る、としか。

 合間を縫って、木曜日、閉店時刻間際に、家からいちばん近い、が、普通に歩いて片道30分かかるホームセンターに滑り込み。月曜日の朝から仕事場に持ち込んでいたLPジャケを持参して、見当を付けていた3段ボックス(棚の上にあって、背伸びしてやっと)に差し込んでみて、入ることを確認。まずひとつ持ち帰った。母親に知られずに、二階に運び込むことに成功。続いて、土曜日、もともと髪を切ってからその足でと思っていたのだけど、午前中は予約でいっぱいということで、とって返して(位置的に反対なのだ)、ホームセンターに行き、もうひとつ。きょうの買い物ついでにもうひとつと思っていたら、昼食を母と外でとることになったので、そのまま買い物して帰ることになった。午後から組み立てて、大阪北部地震以来、ふだん使っていない部屋なのをいいことに、ペットボトルの段ボール箱に入れて平置きしていたLPをツッコんだ。9割9分、言い訳だけど、また崩れて散乱することを想像して、棚を新調する気になかなかなれず、本棚の上に置いていた「CDで買い直したので引退」箱を始めとして、全部おろして、床に並べていたのだ。本は本で別の部屋に床積みしていたので、そっちを片付けるためにも、まずはLPの収納が課題だったのでした。3段ボックスは、1段に約100枚入る。1個で300枚、2個で600枚(言わんでもわかるわ)。段ボール箱に入れていたものはだいぶ片付いた。もう2個買ったら、引退も取り消して、オーディオラックや本棚に入れている現役と一緒に並べられるかなと思うのだけど、車に乗っていないので、どうしたって、歩いて持ち帰らないといけない。でも、他にも、放課後にやらなあかんことがあるしな。だいたい、家からいちばん近いホームセンターだけ、近辺のチェーン店よりも閉まるのが一時間早いのはどうしたことか。通勤路の途中にあれば、まだいいのだけど、そうではないし。うーん。

 『いだてん』最終回。戦前編の第一部が終わったとき、第二部はどうやろと思っていたけれど、むしろ、より緊迫したものになっていた。つい息をとめてしまうくらい。ここ数回は、加えて、なんのことはないことでもう目が潤んでしまっていた。笑いながら。制作チームへのインタビューを読むと、宮藤官九郎作品というよりも、チームとして膨大な資料にあたり、史実を見極め、それを宮藤官九郎というフィルターを通してまとめあげたという成り立ちらしい。落語「富久」を始めとして、時代の変遷はあっても、それぞれの時代のそれぞれのひとたちの描きかたに、一本も二本も筋が通っていた。いろんな、たくさんのひとがいて、それぞれに物語があった。細馬さんの観覧記は、そのうち本になるだろうけど、思い出すときに、思い出すだけでなく、そやったんかと気付かせてくれる資料集が出ることを望んでいます。

12月16日(月)
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12月17日(火)
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12月18日(水)
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12月19日(木)
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12月20日(金)
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12月21日(土)
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2019 Kijima, Hebon-shiki