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2016年8月7日〜2016年8月13日


8月7日(日) 【▼ぐりぐらメモ/2016年8月7日】
 午前中から、家の用事で外出。いったん戻って、昼食を摂ったのち、眠ってしまうのをなんとか回避して、再び外出。人の姿は少ない。暑いから、にちがいない。なんで外に居るのだ、と問うてしまいそうになる。電車に乗ったら乗ったで、各駅停車に永遠に乗っていたい気持ちを抑えるのがたいへんだった。

 「ディスクユニオン」大阪店でのカーネーション『Multimodal Sentiment』発売記念インストアライヴとトークを見に。梅田に着いたのは、イベントの開始時刻には少し早かったけど、目的地がレコード店だと時間の調整をしなくてよい。それまでレコードを見ていればいいから。体調がいまひとつということもあるけれど、またあまり帰りが遅くなるのを避けたい気持ちになっているので、17時からというのがありがたい。外出しないというのも、それはそれでしんどくて。

 既にイベントのために設営されたスペースにはひとが集まり始めていたけれど、せっかくレコード店に来ているので、棚を物色…してたら、出演される安田謙一さんも。イベントでかけたいものを探してる、と。カーネーションはいつも気になるバンドではあるけれど、熱狂的なファンが多いので、どうもそこに巻き込まれまいとして、というか、申し訳ないので、遠巻きに。ミニライヴは、直枝さん、大田さんの二人のみによる演奏。といっても、アコギもベースも容赦しないかんじで、ものすごく躍動感がありました。トークは、安田謙一さんの進行で、全曲解説。「どうしても出てしまう」ことを隠さないことにした、ということを受けて、出てしまったものをかけつつ。知ってるひとも、知らなかったひとも、いちどにもやもやを解消。もう隠さなくていい!『天国と地獄』でのソウル路線転向についても、ご本人の口から。折りたたみテーブルに並ぶ3人をして、安田さんから「謝罪会見」とのツッコミが冒頭から入ったけど、楽しい釈明会見となったように思います。音楽的な意図や成り立ちはもちろん、曲からうかがえる好ましさのありかがわかるようなかんじで。

 『Multimodal Sentiment』は、曲をもうちょっと聞いてからと思っていたので、全曲さわりを聞けて、良かった。自分にとっての聞きどころもありそうで。でも、本人を前にして買うのは恥ずかしいので、きょうは見送りました。とは言うものの、「アダムスキー」b/w「メテオ定食」のシングルは欲しかったな、といまさら、あらためて。
 代わりに、(買おうとは思っていたが、きょう、なのは特典につられてであることが否めない)坂本慎太郎『できれば愛を』、鶯色『公園』(「履歴書」「雨の日DUB」収録CD-R付き)、それと、ブライアン・イーノの昔出たボックスセットの1枚 "RARITIES" が何故かバラで出ていたので。A面はその後出たCDボックスのヴォーカル編に、B面はインストゥルメンタル編に収録されたけど、インストゥルメンタル編は買わなかったので。

 マルジュンにも寄り、「東京人」8月号(特集 特撮と東京 1960年代)を購入。前に来たときは見当たらなかったのだ。先日の『シン・ゴジラ』に、『ウルトラマン』『ウルトラQ』とその源流にある企画を元にしたと言われている『生物彗星WoO』に通じるモチーフを感じ、「言うてもわたしにとっての怪獣ものは60年代どまり」と思いつつ、思い起こしていたところなので、ちょうどいいかな、と。

8月8日(月)
[一回休み]
8月9日(火)
[一回休み]
8月10日(水)
[一回休み]
8月11日(木)
[一回休み]
8月12日(金)
[一回休み]
8月13日(土) 【▼ぐりぐらメモ/2016年8月13日】
 木曜日から休み。5月の連休は追加休暇はとらず、暦どおりにしたけれど、今回は下ごしらえが済み、休み明けの目途が立ったので、追加休暇を申請…したあとで緊急事態が発生。いつものことではあるけれど。出社許可申請も出して、呼び出し可にして。

 月額千円の音楽配信サービス「Apple Music」はお試し期間終了後も、継続している。配信でしかリリースされていない作品を聞くことが目的だけど、このところ、あまり入れ替えをしておらず、手持ちのCDから起こしたものを聞いたりしているので。というわけで、先日、カーネーションのインストアイベントで、脱落した『天国と地獄』時期の話が出たこともあり、改めて「Apple Music」で聞いてみた。『GONG SHOW』もあわせて。戸惑いを思い出す結果になりましたが。正確に言えば、『天国と地獄』を聞かないまま接した「メトロトロン・ワークス」ライヴで、いまこんなかんじになっているのかと驚いた、のだった。男っぽいヴォーカルと男っぽさとは無縁の音楽や歌詞のコンビネーションを面白く思っていたところへのソウル志向は、マッチョイズムのように思えたし、当時出てきていたオリジナル・ラヴなどソウル志向のバンドへの接近を感じて、なんでわざわざと思って、関心が薄れてしまった。それまでの作品との対比で聞かなければ、とは思うけど、いま聞いても、どちらかと言えば、それまでの作品のほうがしっくりくるのだから、しかたなかったかもしれない。

 ついでに森高千里「夜の煙突」を聞いてみたり、昔、アナログからCDに移行してから数年後の90年代に引き受けていた手持ちのレコードをカセットやMDにコピーしてほしいという依頼で耳にして印象に残った中森明菜「マグネティック・ラヴ」など拾い聞き。「マグネティック・ラヴ」は当時クレジットを確認して、大貫妙子作曲とあるのを見て、そうかー、と己の感性の限界を見た思いがしたけれど、改めて聞いてみて、"CUPID & PSYCHE 85" ぶりに気付いて、驚いた。当時はそんな風には聞いてなかったから。スクリッティ・ポリッティ "CUPID & PSYCHE 85" のリリースは85年6月、中森明菜『D404ME』は85年8月だけど、"CUPID & PSYCHE 85" 収録のシングルは84年には出ているので、そこからの影響と思われる。他に気付いた「CUPID & PSYCHE 85」歌謡には、ムーンライダーズ「羊のトライアングル」がある。『アニマル・インデックス』の発売は85年10月。スクリッティ・ポリッティ歌謡と言わないところに、妙なこだわりがあるようですが、このあたりの影響となると、知らない領域のほうがいろいろありそうな気がする。

 休みに入った最初の日は墓参りと家族行事。姪、疲れ知らず。物置と化しているわたしの部屋から、段ボール箱を次々と持ち出して、空想世界の材料にしていた。持参の犬のぬいぐるみの相手に、わたしが作った富士山型のはにわを選んで、おはなしを。
 それにしても。先日『シン・ゴジラ』を見に行ったとき、始まる前の予告編上映で、『ジャングル・ブック』実写版の予告編が流れた。昔々、伯母が映画を見に連れていってくれたとき、伯母は『ジャングル・ブック』アニメ版を見せるつもりだったのに、わたしが拒否して、怪獣映画になったことがあった。思い出しては胸が痛む。いま思うと、あれは伯母の妹であるうちの母に一時の休息をということだったか、何か母に用事があったかだったのだと思う。姪はそのときのわたしと同い年だけど、映画に連れていくなんてとてもとても。と思うと、さらに胸が痛む。伯母はもうそんなこと覚えていないだろうけれど。

 金曜日は家の用事で、午前中外出。汗びっしょりになって帰宅して、午後からはやはり家の用事で待機。夕方になって、目途が立ったので、ちょっとだけ外出。梅田「阪神百貨店」で行われている中古レコード市に、古本市が併設されていて、関西の特色のある古本店がいくつか参加しているというので、覗きに。かなり思いとどまったつもりだけど、レコードが2枚と本が1冊。バーバラ・ムーア "THE WORLD OF BARBARA MOORE: COLLECTION 1966-1981" はemレコードが2001年に発売した2枚組編集盤。マティルド・サンティン "OUT OF THIS DREAM: A THIRD SIDE" は、"OUT OF THIS DREAM"(1987年)の半年遅れの続編で、何度か見かけつつ、持ってるような持ってないような、CDだったら全部入ってるのではないか疑惑から見送っていたもの。それと帰り際、エレベーター近くにも売り場があることに気付いて眺めて見つけてしまったイアン・マクドナルド(イアン・マコーミック)(奥田祐士訳)『ビートルズと60年代』(キネマ旬報社、1996年7月)を。値が張るので、図書館で流し読みしただけだったもの。

 きょうはなんだかんだで出られず。盆休みと言っても、最近は開いているところも多いけど、迂闊に出かけらず、迂闊に出かけることを好む身にはリスクが高くて(調べましょう)。用事のついでに、本の疎開先に寄って、「ロック画報」に掲載されたはちみつぱいトリビュートイラストをきっかけにいろいろ思い出していたさべあのまさんの初期作品を読み返すひとときを。今回のイラストは、初期のさべあさんのモチーフが織り込まれていることをうれしく思っていたのだけど、さべあのまさんに直接お返事をいただいて、はちみつぱいトリビュートイラストに登場する男が、ティン・パン・アレー「ソバカスのある少女」をモチーフにした短編「Yorumachi Kitadori」に登場していたことを知った。女の子のほうは、そうだろうなと思っていたのだけど、帽子を被っている男のことは忘れていた。このころのさべあさんの作品には、特別な思いを拭うことができない。同時代を感じていたという点で、「ニューウェイヴ」だったのだろう。旧来とは異なるやりかたが音楽でも漫画でも出てきていて、それがわたしの十代とたまたま重なっていたということなのだけど。

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2016 Kijima, Hebon-shiki